2009年9月15日
家紋の秘密
家紋は今日まで息づいている日本固有の文化であると言っていい。「源平藤橘(げんぺいとうきつ)」と呼ばれる源氏、平
氏、藤原氏、橘氏といった強力な氏族が最も名を馳せていた時代、地方に移り住んだ氏族の一部が他の同じ氏族の人間と区
別をはかるため土地の名前などを自分の家名(屋号)とし、それが後の名字となった。家紋は家の独自性を示す固有の目印
的な紋章として生まれ、名字を表す紋章としての要素が強い。
その後、武家や公家が家紋を使用するようになり、血統や元々の帰属勢力としていくつかのグループに大きく分けることが
でき、それぞれが代表的な家紋とそのバリエーションで構成される。その他、各地の豪族がそれぞれ新たに創作した家紋が
現代まで伝わっているものもある。
特別な紋章や場合を除いて、家紋を幾つも所有することは自由であったこともあり、墓地や家具、船舶にまで付けられるほ
どまでに広まる。家紋は人々の暮らしに息づいていた。刀や甲冑といった武具にも、好んで使用されていた。しかし家紋の
使用に制限はなかったと言うが、他家の家紋を無闇勝手に使用してはそれなりの軋轢や摩擦が生じる。特に大名や将軍など
の、地位の高い家のものとなれば尚のことであった。そのため、他家の定紋は出来るだけ配慮して使わないこととする暗黙
の了解があったとされる。
分類
定紋・代表紋
源平藤橘や物部、大伴と呼ばれる氏族の権力が全盛期であった頃、何千という名字が生まれ、その後次第に家紋が用いられ
始める。家紋が生まれて間もない鎌倉時代や平安時代は江戸時代の元禄頃とは違い、家紋の種類や形は多くはなかった。そ
のため、美しく人気のある家紋や描きやすい単純な図案の家紋ほど好まれる傾向にあり、同名字であっても異なる家紋を利
用しているケースもあれば、異名字であっても同じ家紋を利用していることがあった。
同じ氏族の中で比較的多く使われている家紋は代表紋(だいひょうもん)、または表紋(おもてもん)といい、その氏族の
代表的な家紋として扱われていた。例えば、藤原氏から分かれた長家や那須といった支流では、一番使用されている家紋の
「一文字紋」を代表紋としている。また、当時の武士の間では同名字でも複数の異なる家紋を使用することが一般的であっ
たため、公式に示すための正式な家紋が必要とされた。そういった各個人が決まって用いる家紋のことを定紋(じょうもん
)または「本紋」や「正紋」という。基本的に、諸大名や将軍家では定紋を嫡子だけにしか継がせなかったため、また時代
とともに一家系で持ちうる替紋(後述)の数が増えるに連れて、定紋の権威や価値や必要性は強まっていった。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
自らの家系、血統、家柄・地位を表すための紋章のようです。
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